84,850人   あきよし全一


アルバムを開くと、自分は必ず斜めを向いて映っている。
子どもの頃は、それが恰好いいと思っていて、親に大笑いされた。

憧れるのは影の主役。
戦隊モノではレッドよりブルー。
仮面ライダーは目立つからダメ。
自分から何かをしたいという意欲は薄く、人が出したアイディアを改良するのが好きだった。

そんなフワッとした主体性の持ち主だから、就活という概念には大いに驚かされた。

まず自分が何をしてきたか、語らなければならない。
そんなことを言われても、先頭を切って何かしたことはない。戦隊モノはレッドよりブルーに憧れた。

次に自分は会社の中で何をしたいか、語らなければならない。
そもそも御社は何をなさっているんですか。それを知らないと改良のしようがありません。

そして一番困ったのは、そう、趣味を語れと言われることだ。
趣味。子どもの頃は運動もゲームもやったけれど、そんなに深く極めたものは無い。

要するに面接官と学生とは、親と幼児の関係なのだ。
キミは幼児らしく、天真爛漫で、何のストレスも感じてないよね?
ちゃんと毎日幼稚園に行って、お友達とお遊戯して、ご両親が遊園地に行くって言ったら喜ぶんだよね?
まさか「疲れたから休みの日は寝てる」なんて言わないよね?

……言わせてもらおう。疲れてしまった。

夕暮れどき、僕は公園のベンチに座っていた。
子供たちが走っていく。
手には木の枝。彼らにとってはヒーローになれる魔法の枝だ。
でも子どもの人数は二人ぼっち。戦隊モノにはブルーが足りない。

気が付くと僕も木の枝を握りしめていた。
もしかして、僕もブルーになれるだろうか。
僕がブルーになれるだろうか。

「なれるよ」と子供たちが僕の腕を引っぱった。
春の風が流れる中を、僕たち三人は夕日に向かって走り出した――


警察の発表によると、平成28年度の日本の行方不明者数は84,850人である。





あきよし全一
千葉県在住。twitter @iwai7064

若い頃から村山由佳先生のファンで、村山先生の推薦文から秋永真琴先生を知り、秋永先生のツイッターからこの企画を知りました。
ペンネームの由来は、友人の兄の偽名「あきよし」に、自分のあだ名である「全一」をくっ付けたもの。
秋永先生と「あき」がかぶってしまいましたが、あくまで偶然です。